ジングルベル
Original Song:「ジングルベル」by 山野さと子、コロムビアゆりかご会
Writer:牛乳ノミオ
サンタクロースは、クリスマスの楽しみ方を知らない。
毎年、子供たちに与えるプレゼントで頭が一杯。楽しむ余裕などなかった。それでも、子供たちが喜んでくれればそれだけで嬉しかった。
“子供たちの笑顔が、一番のプレゼント”
今になってその言葉がただのきれい事ではないと知った。
今年もまた、サンタにとっての淋しいクリスマスがやって来た。
「今日は遅くなるから。じゃいってきまーす」
引き戸の閉まる音と共に、家中がひっそりと静まり返った。
サンタは座椅子にもたれながらゆるゆるとタバコをふかしていた。小児喘息を患っていた長女も、今では立派な喫煙者である。子供のためと禁煙していた頃が懐かしく思えた。
気晴らしにテレビをつけると、クリスマスの特番ばかり。よくわからない有名人がよくわからない話題で盛り上がっている。サンタは素直に楽しむことはできなかった。少しだけ、彼らが羨ましかった。
「あ、ほらこの人。麻衣が好きだって言ってた人じゃない?」
縄のれんから顔を出した妻が声をかけた。ほら何て名前だっけ、と言いながらサンタの下家に座った。
「さあなぁ」
「あの、なんとかってグループの、真ん中の人よ」
老いた妻の声はガラガラと枯れ、それでも必死で明るく振舞っている。
サンタには痛々しく聞こえた。
子供たちのためならば、アニメもゲームもアイドルの名前も覚えることができた。しかし子供たちはもう、それを望んでいなかった。長男が就職し、長女は進学。次女はバイトを始め、三女には彼氏ができた。自分の欲しい物は自分で買える。子供たちはそれぞれのクリスマスを楽しむようになったのだ。
サンタにとって嬉しいことであるが、やはりクリスマスは淋しかった。
「そうだ。ケーキ買ってあるのよ」
「いや、俺はいらない」
「いいじゃない。クリスマスなんだから♪」
妻はいそいそと台所へ向かった。
サンタはタバコを揉み消しながら、思った。
――なぜ妻は、無理に楽しそうに笑うのか。誰のために必死になっているのか。もう子供たちは我々を求めていないのに。
「じゃじゃ〜ん! ちょっと奮発しちゃった☆」
妻は1ホールの大きなショートケーキを運んできた。
「お前、こんなの二人じゃ食べきれないだろうが」
サンタの言葉に、妻は一瞬だけ淋しい顔をした。まるで世界中の不幸を背負い込んだような、暗い顔だった。
そんな自分を恥じるように、妻はすぐ笑顔の仮面を被り直した。
「だ〜ってクリスマスだも〜ん。ほら〜美味しそうでしょ?」
鼻唄を歌いながらケーキを切り分ける妻を見ながら、サンタは悟った。
今日は楽しいクリスマスなのだ。
「ホントだ。美味しそうだな〜」
サンタはぎこちなく笑い、妻もまたぎこちなく笑った。
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