白い恋人達
Original Song:「白い恋人達」by 桑田佳祐
Writer:ゆいまる
かじかむ指に宿る痛みを見つめ、まるで自分を責めているようだと君が呟いた。
昨夜、君の故郷へ向かう夜行列車の中で聞いた遠い日の思い出が、今もまだ君の中で息づいているのを見せつけられたような気がして、僕は何も言えず、むきになってその指先を握り締める。
はっとして顔を上げた君の軽く見開かれた目が、今の呟きが無意識のものだったのだと教えていた。
僕はそれを見ないように俯き、ともすれば君を責めてしまいそうな自分の弱さを、足元の泥にまみれた雪を蹴散らすように他の言葉でごまかす。
「実家のご両親にはもう、伝えてあるんだよね?」
「ん。ハッキリは言ってないけど、この齢で年末に会わせたい人がいるっていったら、わかるんじゃない?」
そういって上げた君の視線が懐かしげに細められるのを、僕は俯いたままそっと見ていた。
冷たい闇を走り抜ける箱の中で、君は十年前に不慮の事故で時を止めてしまったという、彼の話をした。その声が本当に切なげで、それを聞いているうちに少しずつ、それまでに僕の心の中にはなかった不安が芽生えてしまった。そう、昔の恋に未練があるんじゃないかという、不安が。
− 僕との結婚、後悔してない?
そんな言葉が口をこじ開けそうになる。聞いたところで、君を困らせるだけだって言うのはわかっているというのに。
雪道を行く革靴が水気を含んで重たくなっていた。僕らの傍をチェーンをつけた車が雪を巻き上げ走っていく。道路わきの店先に置かれた雪を被ったサンタクロースの人形や、木枯らしに揺れる電線までもが寒々しい。
その先にある縦に並んだ信号機が黄色く点滅していた。僕らは足を止め、その信号が赤になるのを見届ける。雪雲の下の灰色の世界に、その赤はやけに映えていた。
何もかも、僕には馴染みのない雪国の風景で、きっとその何もかもが、君と彼には親しみ馴染んだものなのだろう。
「ねぇ」
サンタの人形を見ていた君の唇から白い吐息が立ち上る。僕は返事の変わりに繋いだ手を握り締めた。
「私の所にはきっとサンタさんは来ないよね」
「え?」
僕は思いがけない言葉に君の顔を見た。その頬は細かく振るえ、眉をよせ、怒ったようにじっとサンタを見据えている。
唇がわななき、今、君が必死に涙をこらえているのだと語っていた。
「私……だけ、幸せになるなんて。きっと、サンタさんは、一生、来てくれないよね」
一筋の雫が、君の頬を滑り降りた。その瞬間、僕は息を飲んだ。
そうか、もしかして、君は……。
僕は硬い表情の君の横顔を見つめる。
もしかして君は、その彼をおいて一人だけ大人になり幸せになる自分が許せないのか? そういうことなのか?
「馬鹿」
思わず口をついた言葉はそのまま、彼女の気持ちを疑った自分に跳ね返った。 僕は冷たい風が僕らの間に入らないように君を引き寄せると、思いっきり抱きしめた。
君は一瞬身を硬くしたが、僕は何もかもを包むつもりで強く力をこめる。やがて、君は遠慮がちに腕を回した。
ピタリと重なった体から感じる君の温もりに、僕の中にあった不安という氷の塊がゆっくり溶けていく。 僕は君の中にもある氷の塊を溶かすことができるように祈りながら、囁いた。
「僕は、君の過去に何があったかはよく知らない。でも、これだけは言える」
そう、これだけはハッキリ言える。
「幸せになるのが悪いことなら、そんな罪なんか僕が全部かぶってやる。サンタのプレゼントがもらえないなら……」
そっと体を離して君の涙に揺れる瞳を覗き込む。そして、僕はありったけの気持ちをこめて、君に誓った。
「僕が君のサンタになるよ」
思いっきり笑って見せる。他の誰でもない、君に、笑ってほしくて。
そんな僕の鼻の頭に、白い一片の粉雪が止まった。それを見て、君がふき出した。
僕らは見つめあい微笑みあう。そんな僕らを祝福するように空から白い天使が舞い降りてくる。
手を繋いで、純白に染まっていく世界に二人で佇んだ。
信号機が青になる。その向こうには、まだ足跡のない真っ白な道が続いていた。
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